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設計プロセス 〜通信機器の電気設計〜

人工衛星やロケットに搭載する機器(以下、宇宙機器)にはさまざまな種類があるが、その中でも、地上局などと情報伝達するための「通信機器」は、ミッション遂行のために欠かせない要素となっている。NECスペーステクノロジーにおいて、この通信機器の電気設計や開発全体を取りまとめているのが、「通信機器の電気設計者」だ。
今回は、第一搭載技術部のShimooku Ayumi氏に、通信機器の電気設計の仕事や魅力について聞いた。

人でいう「耳」「脳」「口」「血管・神経」を設計

「通信機器は、主に情報を受信する『耳』の部分、受け取った信号を処理する『脳』、情報を送信する『口』、そして、これらをつなげる『血管・神経』などの要素にわかれます。こうした、人でいうところの“耳、脳、口、血管・神経”を設計するのが、私たち通信機器の電気設計者の役割です」
Shimooku氏に自身の仕事を身近なものに例えてもらうと、こんな答えが返ってきた。Shimooku氏は、開発全体の取りまとめも担当しているので、この回答に「全体を取りまとめる役割」も加わることになるだろう。
では実際の業務の流れはどうなっているのか。Shimooku氏によると、まずお客様(宇宙航空研究開発機構など)や上位サブシステム・システム(NECなど)の担当者から「こんな通信機器が欲しい」といった要求が伝えられるので、その要求を分析したうえで、「全体のブロック(概念)図を書く」ことから仕事が始まるという。
ブロック図とは、各部品やシステムの位置や関係性を、ブロック型の枠を用いて示す図だ。通信機器の開発においては、主に受信、信号処理、送信など各機能の分界点を示すものとなる。このブロック図ができあがったら、次に、各機能・性能を実現するための「回路図」を作成するが、この業務は、各機能の設計担当者に割り振ることも多いという。
「ブロック図で機能分界をした後に、各機能を担う(下位の)設計担当者に仕事を割り振っていきます。私もいくつかの機能の設計を担当しますが、全てを見ているわけではなく、各機能の詳細なところはそれぞれ設計担当がついて進めています」
なお、Shimooku氏の仕事は、通信機器の電気設計だけでは終わらない。例えば、製造・試験プロセスにおいては、現場担当者との調整、製品の納入時においては、検査データのお客様への報告などの業務がある。
「こういった形で、電気設計だけでなく、生産現場やお客様とも密に関わっています」

求められる機能の実現のため、“設計と取りまとめ”に尽力

Shimooku氏の仕事をもう少し詳しく見ていこう。Shimooku氏は、自身の業務を「文書作成」と「文書作成以外」の2つに分解して解説してくれた。
「文書作成」とは、開発・製造プロセスで必要となる書類を作成することだ。開発全体の取りまとめを担っているShimooku氏が、比較的早い段階で作成するのが、先述した「ブロック図」と、「開発・製品仕様書」、「設計仕様書」だ。「開発・製品仕様書」は、製品の仕様や各種パラメータ、インターフェース分界点などについて記載した仕様書、「設計仕様書」は、各機能の設計を担当する電気設計者に向けた仕様書となる。
各電気設計者に仕事を割り振り、Shimooku氏自身が自分の担当箇所を設計する段階に入ると、機能を実現するための「回路図」の作成に着手する。続いて、その回路を実現するための基板パターンの設計に入るが、この作業を基板パターン専門の設計者に依頼する場合は、ケアすべきポイントを伝える「基板パターン要求書」を作成する。また、同じタイミングで、宇宙機器の筐体を設計する構造設計者に向けた「構造設計要求書」も作成する必要もある。さらに設計したものが審査を通り、実際にものを作る段階に入ると、今後は、製造検査の担当者に向けた「試験手順書」も作成することになる。
このようにShimooku氏はさまざまな文書をアウトプットするが、その過程で、お客様や上位サブシステム・システム担当者、社内の各部門担当者との調整を行う。また、万が一現場で不具合が起きたときには、電気設計者が中心となってその対応にあたることも多い。こうした調整作業や不具合対応などが、「文書作成以外」の業務にあたるとのことだ。
多岐にわたる業務の中で、特に重要なものは何かとたずねると、Shimooku氏は少し考えた後、「『開発・製品仕様書』の作成です」と静かに話し出した。
「後の工程に大きな影響を与えるため、『開発・製品仕様書』の作成は特に重要だと考えています。実際にものを作りはじめてから、『やっぱり性能を実現できませんでした』となると、膨大な手戻りが発生してしまいます。そのため、最初の段階で、リスクや機能分界点や仕様など、さまざまな可能性を徹底的に探ったうえで、作成に着手するよう心がけています」

「お客様」「構造部門」「生産部門」と密に関わる仕事

通信機器の電気設計や開発全体の取りまとめは、多くの人と関わりを持つ仕事のようだ。その中でも、特に深く接するのはどういった人たちだろう。Shimooku氏は、「お客様および上位サブシステム・システムの担当者」と、社内の「構造部門」「生産部門」を挙げた。
「お客様や上位サブシステム・システムの担当者とは、開発の最初の段階で行う仕様調整や、製品ができあがった後、実際に得られた機器性能の結果について要求を満足しているかを共有する場などで、綿密なやりとりをします。開発途中においても、私たちの担当機器の仕様・性能が要求に達しない場合や、インターフェースする機器側が要求を満たせない場合などに、機器性能の割り振りについての調整が発生します。こうした観点で見ると、いろいろなフェーズで深く関わるのが、お客様および上位サブシステム・システムの担当者だと言えます」
そのほか、「構造部門」とは、筐体設計を依頼した後に、構造設計者側から出てくるアウトプットに対する調整で密に関わるという。また、「生産部門」とは、試験手順書の作成プロセスに加え、生産計画やコスト管理の打ち合わせなどにおいて多くの調整が発生するとのことだ。

机上で考えたものが、実際に動くときに大きな喜びがある

では、通信機器の電気設計のどういったところに魅力を感じているのか。Shimooku氏は、「机上で設計したものが、実際にものとして意図した動きを示すとき。逆に意図しない動きをしたときにも、なぜそうなるのかを考えるのがおもしろい」と、嬉しそうに話してくれた。
「私が特におもしろみを感じるのは、開発の初期の段階です。お客様から『こういうものが欲しい』と要求が降りてきたものに対して、どう実現していくかを自分の頭で考えて、それをブロック図に落とし込み、回路図を書いて、実際に意図通りに自分の考えた仕様が実現すること。『こういう性能が出るだろう』『こんな機能が実現できるだろう』と考えたものが、その通りに動いたときに、心から楽しいと感じます。逆に思い通りに動かなかったときも、『なぜそうなるのか』を一生懸命考えることで、自分自身のステップアップにつながります。そこに、大きなやりがいを感じます」
ものづくりの喜びが感じられる一方で、「スケジュールが逼迫し、ものが想定通りに動かないときは、本当にいろいろなことを考えて動かないといけません」と、Shimooku氏は自身の業務の困難な一面にも触れた。
そんなときには、社内の各部門や関係者を集めて小規模な打ち合わせを開き、情報共有するのだという。そうすると、各部門のメンバーが、先回りして対応を考えてくれ、後々の手戻りや調整にかかる時間の短縮などにつながるほか、経験豊富なベテランメンバーが過去の似た不具合の事例を教えてくれるなどし、解決の糸口につながることも多いとのことだ。
「大変なこともありますが、楽しい仕事だと思っています。辛い状況になっても、周りに支えてもらえる環境もありますし、何より自分が技術的に向上するトリガーにもなりますから」

多くの学びを得られた「深宇宙探査用の通信機器開発」

そんなShimooku氏が、これまでで最も印象的なプロジェクトと語るのが、現在取り組んでいる「深宇宙探査用の通信機器開発」だ。このプロジェクトは、研究開発案件であり、開発初期から関わったたことで、「多くの学び」を得られたという。
「研究開発の要素が強いプロジェクトでしたので、まずはベンチマークの調査から始めました。具体的には、他社の機器が、それぞれどんな機能を持っているかを調べ、そうした機器に対して自分たちが開発するものは、どのような機能を持つべきかを考えていきました。開発の過程でも、お客様と綿密な打ち合わせを繰り返したり、いろいろ試行錯誤したり、関連する論文を読みながら勉強したりと、多くの経験を積みながら、プロジェクトを進めることができました。現在進行中ではありますが、『成長を強く実感できた』という点で、とても印象に残りそうです」

必要なのは「どんな小さなことにも疑問を持つ」姿勢

最後に、通信機器の電気設計者に必要な素養について聞くと、「いいものを作りたいという意欲と、小さいことにも疑問を持つ姿勢」との回答が即座に返ってきた。例えば、すでに販売実績がある機器の設計担当になるのであれば、「過去設計者の意図を1つ1つ読み解きながら、どんな小さなことにも疑問を持って自分で調べ、そこで得た知識を活かす姿勢が大事」だという。
近年、宇宙領域のスタートアップやベンチャー企業が次々と誕生するなど、宇宙機器開発を取り巻く環境は大きく変化している。そうした中で、Shimooku氏は、「常に最新の情報を取り入れ、そこで得た情報をどんどん社内に共有していきたい」と、今後の業務への強い意欲を示してくれた。
これからもNECスペーステクノロジーでは、開発メンバーの思いに支えられた、高品質・高性能な宇宙機器が生み出されていく。

Shimooku Ayumi氏プロフィール

D大学大学院 情報理工学研究科 基盤理工学専攻 修了
大学では重力波検出のための安定化レーザー光源開発に従事。
新卒入社後は光衛星間通信システムプロジェクトや測位衛星の変調器の検討・評価に携わる。
身体を動かすことが好きで同期や先輩・後輩と時々ランニングに行ったりもする。
いつか自分が携わった機器の運用にも携わってみたい。

※本記事は、2024年6月13日時点の情報です。